フランス、ナントの暮らし

2024年から夫婦で書いています。

ナントの創作フレンチレストラン

久々にブログを書きます。妻です。

先日、近所のレストランBattoに行ってきました。

 

毎度満席の人気レストランなのですが、なんと土日休み。

今回は金曜のランチでおじゃましました。

私は友人や両親と訪れたことがあり今回で4回目。夫ははじめての来訪です。

以前に書いた記事↓

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天気の良い日だったので、テラスへ案内されました。気持ちが良いのですが段々体がほてってきます。

ジュースの種類が豊富。フランボワーズのナチュラルジュース。

前菜、メインともに夫婦同じものを注文しました。

我々の外食あるあるですが、シェアを前提に考えてしまい、どちらかが不本意なメニュー選択をしがち。本当はそっちを一皿食べたかったのに…という思いを何度もしました。

ですので最近はお互い自己中心的に、一番食べたいものを頼んでいます。

前菜、ファラフェル

上にのっているレモンバーベナとオレンジピールがなんとも爽やかで、東南アジアの風を感じます。マッシュルームのクリームもよく合います。

ファラフェルはアフリカや中東でよく食べられている、ペースト状のひよこ豆を揚げた料理。友人に作り方を教わって以降、我が家でもよく作ります。

以前に書いた記事↓

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メイン、仔牛のグリルとニョッキ

仔牛は臭みの無い豚ロースのような味わいです。家で調理すると固くなりかなりあっさりした味になるのですが、こちらでは火入れが完璧。

グリルしたトマトと揚げたニョッキ、粒マスタードとホワイトソースのマリアージュが絶妙。

夫は会食でナント市内のレストランを利用することが多いのですが、ここは美味しい、とのこと。

デザートはシェア。焼きイチジクとチョコプリン

一皿のボリュームがあるので、はち切れそうなくらいお腹いっぱいで店を出ました。

 

 

8月中のナントはバカンス中で街が閑散としていますが、のんびりとした雰囲気でリラックスできます。

蚤の市でお皿を見繕ったっり、マルシェで生き生きとしたハーブをゲットしたりと、近所を楽しむ週末も良いものです。

 

2026夏 フランスを襲う熱波

欧州の夏と言えば、日本の高温多湿とは異なり、気温もそこまで上がらず、カラッとした気候が長らく定番でした。

特にナントは海洋性気候。大西洋からの冷たい空気が流れ込んで、夏は快適そのものです。最低気温17℃/最高気温27℃が典型的な夏の一日で、誤差はそれぞれ+/-3℃くらいのイメージです。

 

 

2025年は8月の中旬に一週間ほど、熱波があり、これが10年に一度の熱波だといわれていました。

ところが2026年はその10年に一度級の熱波が1か月に一度来ました。

5月下旬に来た最初の熱波は、フランスでは異例の速さで、ナントでは37℃まで気温が上がりました。前の週までは最高気温が20℃くらいだったこともあり、気温差に体がついていかずかなりしんどかったです。

6月の中旬にあった2回目の熱波が一番強烈でした。最高気温は42.2℃までいき、最低気温も28℃程度でした。因みに、フランス基準の熱帯夜(nuits tropicales)は20℃以上のことを言いますので、相当な酷暑でした。

2回目の熱波が終わり、ようやく外で活動できる程度の気温になったと思ったのも束の間、7月の上旬に3回目の熱波が来ました。最高気温は2回目ほどではなかったものの、38℃程度の日がずるずると続きました。

4回目の熱波として7月末に2日ほど38℃程度の日がありましたが、これは長続きはせず胸をなでおろしました。

もうここで何回目か数えるのかは止め、その後ちょこちょこと35℃を越える日あるたびにうんざりしています。

 

熱波はフランス語でCanicule。Bonjourより多く耳にしたので、さすがに覚えました。

街では、流行語遊びなのか、カニキュ~ル~と節をつけて繰り返している子ども達をよく見ました。

 

 

この熱波期間、ナントでは特別施策として、美術館の無料開放(行くまでが暑い)や、プールの無料開放、公園の24時間オープンなどがなされました。市長がSNSで得意げにアピールしていましたが、効果があるのかよく分かりません。

又、マルシェの中止やごみ収集の一部停止など生活インフラにも影響がありました。学校や学童的な施設も午後休になるなど、子どもがいる家庭は更に大変そうでした。

 

 

フランス全体のニュースとして、自宅で亡くなる人の数の増加や、涼を求めての溺死者、農作物への影響が連日報道されていました。我が家の近所の公園も、芝生がすっかり枯れてしまっていました。野菜の価格高騰なども既にちらほら影響が出てきているようです。

又、この期間はバスやトラムなどの公共交通機関に乗ったが最後、車内の異常な暑さに皆がげんなりとしていました。空調がついていない車両がほとんどだからです。パリではバスの運転手が意識を失い、街路樹に衝突する事故も起きました。バス車内の体感気温は50℃を越えていたそうで、労働環境の改善を求める事態となりました。

又、脱水対策として、アルコール飲料の販売停止措置などもありました。長い歴史の中で常に日光不足により心身の健康をやられてきた欧州人。基本的に日を浴びることは良いことだと認識している人が多いようで、危機感のない人は変わらずテラス席でアペロを楽しんでいたので、アルコール停止は賢明な措置だったと思います。

又、ガロンヌ川沿いで複数の原子力発電所の炉停止がありました。原子力発電所は冷却水を河川に放出しており、河川の水温には生態系維持の観点から上限が設けられています。今回、熱波により河川の水温が急上昇し、発電所からの排熱を受け入れられない状況であったために、停止措置が取られました。その後大きな問題には波及しなかったものの、欧州の電力輸出国であるフランスでこのような問題があると、欧州全体でエネルギー危機とインフレになりかねない事象でした。

又、ボルドーでは熱波による乾燥の影響を受けての大規模森林火災が起きています。春の雨で例年以上に育った樹木が、猛暑により極度に乾燥したことが原因です。2万人以上が避難を余儀なくされました。バカンスシーズンでボルドーを訪れていた人・行く予定だった人も多く、交通網含めて混乱がありました。昼間でも煙で辺りが暗い映像が連日報道されていました。

 

 

これほどまで人的被害が広がっている背景には、さんざん言われていることですが、エアコン不足があります。

フランスのエアコン普及率は約25%らしいです。分母が世帯なのか何なのかよく分からない統計値ですが。国内の南北でも差があると思われ、私のナントでの体感値は5%です。ナントに引っ越してきたときに、条件に合うアパートの部屋をオンラインで20戸程度、内見で5戸程度見ましたが、当然のようにどこにもエアコンはついていませんでした。

私が今住んでいるアパートに固定式のエアコンを設置する場合、まず大家の同意を取り付け(これが無理)、管理組合の承認を得て(建物全体の工事になるので。これに1年くらいかかりそう。)、ナント市に届け出をして(室外機設置による外観影響の審査。これは3か月くらいで回答が来るか。)、そして有資格者に施工の依頼をします。

一軒家の場合はもっと楽なのでしょうが、やたら古い土塗り・石壁の家屋が多いので、そもそも工事が可能なのかという、新たな問題が発生しそうです。

 

固定式エアコンの設置が無理筋なため、モバイル式のエアコン需要が急増しました。空気清浄機みたいな見た目の機械から太い蛇腹チューブが延びて、窓から暖気を排出する、室外機要らずのタイプです。窓を開けるので、うまい具合にあいたスペースを埋めないと、結局外から熱気がどんどん入ってくるのですが、無いよりはマシとされています。

突然の需要急増に供給が追い付くはずもなく、店頭は勿論、ネットショッピングでもほとんどすべて、次回入荷予定未定という有様です。

そんな中、フランスの大手ディスカウントストアLIDLが7月1日に全国で20万台のモバイル式エアコンを販売することを発表すると、当日は開店と同時に人がなだれ込み、暴動・流血・催涙ガス噴射と、各地で警察沙汰になっていました。

 

ちなみに、ナントでは現在、大学病院を新設中で、完成次第今の建屋から引っ越しをするそうです。この新建屋には(にも)、環境配慮の理由でエアコンが設置されていないらしく、全国ニュースでスキャンダルになっていました。この世論だと、さすがに今からでもエアコンが設置されるのでは、、と思っていますが、どうなのでしょう。室温45℃の病室や手術室など、誰も入りたくありません。

 

 

最後に、エアコン不足と共に、日の長さも猛暑の辛さを高めています。

夏のナントは日没が22時過ぎ。真っ暗になるのは23時を過ぎてからです。カフェのテラス席で友人と飲み明かすナイトライフには持ってこいなのですが、熱波期間はそうもいきません。

一日の最高気温は18時にやってきて、カンカン照りの晴れの中晩御飯を頂き、そこから気温が下がらないまま夜寝る時間に突入するので、非常に気が滅入ります。

今年の夏で暫定一番しんどかった瞬間は、ある日の夕食中に停電・断水になった時です。高温影響で各地の変圧器でトラブルが頻発し、送電網に支障をきたしていました。この停電は結局15分くらいで復旧したのですが、エアコンなし40℃をなんとか扇風機で凌いでいたのに、その扇風機すら使えない状態がいつまで続くか分からないあの時間は最悪でした。又、フランスのマンションでは各世帯ごとに冷水/温水のタンクがあり、そこから生活用水が供給されます。今回、電気が停まるとそのタンクも使えなくなるということを学びました。水の買い置きがない隣人は慌ててどこかに水を買いに行っていました。地下ガレージの車に避難してそこでエアコンにあたるか、、などと思案していたら不意に電気が復旧し、なんとか事なきを得ました。

 

 

さて、明日からの8月第2週も35度を超える日が2-3日続く予報です。我が家はついにモバイル式エアコンを入手!彼のデビュー戦となりますので、是非とも実力を証明して欲しいものです。

 

 

涼しかった週末にPlage du Portmainへピクニックに。干潮。

 

7000年前の遺構を見学しにカルナックへ

ブルターニュのカルナック(Carmac)へ行ってきました。

 

カルナックは先史時代の列石で知られます。

花崗岩の巨石が4km以上にわたって規則的に配置されている不思議なスポットです。

不思議というのは現代人の感覚で、何かしらの意図をもって制作されたものですが、今では解釈不能となっています。

 

石は街中に点在しているわけではなく、大きく3のエリアが並んでいます。(メネク、ケルマリオ、ケルレスカン)

メネク列石が一番大きいく、観光的にはメイン扱いされているので、駐車場都合でそこに行きました。

割と小さい石から

人の背丈を優に超える石まで

 

周囲は散歩コースのように整備されていて、行こうと思えばどこまででも石沿いを歩けます。

 

ガイドツアーに参加しない限り、フェンスの外側を歩くことになります。が、時折フェンスを飛び越えてくる石もあります。

 

現在では4km続く列石ですが、嘗ては8km以上あった可能性もあるそうです。

19世紀には既に保存状態の悪さが指摘されていたそうで、ある程度統制の取れた保護がなされるようになったのはつい最近(石目線)とのこと。

 

大事なのは、遥か昔や遠い未来にときどき目を向けることだと思います。巨石も並べられ、浸食され、今後も大陸の移動や気候変動に曝されながら、宇宙の終焉に向かっているわけで。そうした視点を持つと、日常や現代の諸問題に一喜一憂にしない自由のようなものをを感じることが、少しできるかもしれません。

ラスコーの洞窟壁画を見学した時も考えましたが、時と場所を超えるアート表現は、そのような思考の良いきっかけだと思います。

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さて、もっと卑近な話題。

カルナックにもゲランドのような塩田がかつてあったのですが、すっかり衰退した後、今はビーチリゾートになっています。

なかなか広大なビーチ。ビーチフロントにはホテルとレストランが連ね、特別高くもなかったので、このエリアに宿泊。

 

ビーチ前の通りはアイス屋や、サンダルや帽子を売る土産屋など、なんだか東南アジアのリゾート的雰囲気でした。悪い意味では言っていません。

 

ホテルのすぐ脇にはヴァンヌのアイスクリーム屋さんがありました。こちらも大盛況。

 

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ブルターニュのポンタヴァン美術館

足をのばしてブルターニュのポンタヴァン(Pont-Aven)へ。アヴァン川にかかる橋という意味の街です。

 

街自体は小さく、到着するとすぐに川が見えます。

川沿いの絵画市



熱波の日でしたが、想像以上の観光客の多さで驚きました。駐車場を探すのにも少し手間取ったほどです。

 

 

目的はポンタヴァン美術館です。

ポンタヴァンは、19世紀に鉄道網が敷かれて以降、独自の農村文化と風光明媚な自然によってパリの画家たちから注目され、生活費の安さから移住してくるアーティストたちによってコミュニティが作られ始めました。

1886年にはゴーガンとベルナールがやってきて、後にポンタヴァン派と呼ばれる芸術運動を展開します。

ポンタヴァン美術館は1985年にできた比較的新しい美術館です。

オフィスビル風の入り口で、最初見つけられず。

 

Le Port de Pont-Aven, vu du uai
作者不明 アトリエの扉に描かれた絵

Paul Serusier - Jeune Bretonne a la cruche

Henry Moret - La Pointe du Raz ou Gardeuses de moutons au-dessus de la plage
総合主義×印象派という雰囲気

これもHenry Moret

Emile Jourdan - Les moulins sur l’Aven au clair de lune

Paul Serusier - La Grammaire

Maurice Denis - Régates à Perros-Guirec
めっちゃジャポニスム

André Jolly - Le Four パン焼き窯

 

あれ、これだけ?

展示スペースの問題なのか、総合主義やクロワゾニスムがいかんなく表現された典型的なポンタヴァン派作品はそこまで多く見られず。

特に有名作は、海外に売られり値上がりしたりして、買い戻すことは難しいのでしょう。

ポンタヴァン派の画家たちはパリや外国からきてポンタヴァンの風景やブルターニュの文化の内にある美を発見しました。しかし個人的には、前日にヴァンヌ美術館で鑑賞した、Flavien Louis Peslin(ブルターニュ出身)の描いた人物画の方が美的であると感じました。

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1階では、カミーユ・クローデルとその同時代にパリで活躍した女性彫刻家の企画展覧会がありました。こちらの方が内容充実でした。

Caroline Benedicks-Bruce - Double buste

Madeleine Jouvray - Le Livre de la vie, rire et pleurs

Yvonne Serruys - Éve

Marie Cozin - Jeunes filles

 

 

美術館の並びにある観光案内所に、民族衣装の展示スペースがありました。

こういった衣装は今では着られず、ブルトン語話者も減少の一途をたどっており、ブルターニュ文化は消滅寸前と言って差し支えないでしょう。それでも第2次大戦前までは文化の面影が残っていたようで、戦中戦後の変化については、JMGルクレジオのブルターニュの歌に詳述されています。中地義和による翻訳も出版されています。

 

 

最後に名物らしきTraou Madのバターサブレを土産に買って帰りました。パレ(Palets)というブルターニュの分厚めふわふわ系のビスケットで、まあ普通です。パリっとはしていないので、コーヒー紅茶につけて食べると良いです。

 

 

ヴァンヌ(Vannes)美術館 La Cohueで涼む

ブルターニュのヴァンヌ(Vannes)に行ってきました。

ナントからは車で1時間半ほどのちょっとした街です。

 

車を停めて、旧市街に向かいます。

Port Saint-Vincentが丁度観光客を迎える門になっています。

 

門の対面は船着き場

門の周辺は雰囲気の良いカフェ

 

ヴァンヌの旧市街は15世紀の街並みで知られます。

 

しかしこの日は猛暑。街歩きは足早に、アイスクリーム屋を目指します。

ヴァンヌ近くにある家族経営の農場が2018年から始めたアイスクリーム事業が大当たりしているんですって。

私たちはパッションフルーツ味とパレブルトン味を頂きました。

暑さで人の少なめな通りでしたが、アイスクリーム屋さんだけは大賑わいでした。

 

 

早く屋内へと歩を早め、ヴァンヌの美術館 La Cohueへ。

ヴァンヌ聖堂の対面にあります。建物は中世のホールで、ブルターニュ語でkoc'huというため、Cohueと名付けられたそうです。

鰻の寝床のような外観

入ってすぐの中央通路にはElsa Tomkowiakのインスタレーション。

 

0階部分の初めは博物館学の視点からヴァンヌ美術館が蒐集・保存/修復・展示を行っているかの説明と、実際の作品展示が並行しています。

Montagne Quentin, Pellucidar - La Suite

Vernonでも見たばかりのBlanche Hoschedé Monetの絵



1階はフロア全体がGeneviéve Asse作品の展示にあてられています。ヴァンヌ出身の抽象画家で、知らなかったのですがポンピドゥーセンターで回顧展が開かれるほどの作家らしいです。

構図決めの下絵も多く展示されていて、興味深かったです。

 

再び0階に戻ると、急にドラクロワ。ヴァンヌ美術館の目玉らしい。

 

 

その他は近隣出身画家や、近隣の風景画が多くありました。

La Pointe du Raz

ラ岬は色んな画家によく書かれています。

 

 

ブルターニュの民族衣装を着た女性の印象的な作品も数点ありました。

Flavien Louis Peslin - Jeune fille de Concarneau

Flavien Louis Peslin - Portraite d'une jeune Bretonne

Flavien Louis Peslinはブレスト生まれレンヌ育ち、バンヌで死去という生粋のブルトン人。
ポンタヴァン派が描くブルトン人より、こちらの方が好みです。

 

 

美術館を出てもう少し街歩きをしたり食事をしたりしたかったのですが、あまりの暑さに退散。レストランにもエアコンは付いていないので、結局車が一番確実に冷風に当たれるのです。

シャルトル ピカシェットの家

シャルトル大聖堂を見た後、ピカシェットの家(La maison Picassiette)へ。

タイルで装飾された家と庭のアールブリュット美術館です。

レイモンド・イシドールというシャルトルの市民が、1938年から家の建設を始め、62年に亡くなるまで続けた、装飾を見学することができます。

 

びっしりと敷き詰められたタイルは、ゴミ捨て場から拾ってきた割れた陶器によってつくられています。

窮乏した生活の中で、社会への憤りと、キリスト教的救済観念を原動力に制作を行ったといわれていて、実際教会堂やモンサンミシェルなどのモチーフが多いのですが、家具や花瓶の装飾など、日常を飾るものも多くありました。

 

フランスの教会堂。

 

キッチンダイニング。配管にまで装飾。天井にはフレスコ画も。

 

子ども部屋と椅子。

 

寝室。

 

礼拝堂。

 

中庭。

 

これを一人でゼロから作り上げたエネルギーに圧倒されました。

ただ、晩年は創作意欲が枯渇し、精神疾患に苦しみ、妄想にとりつかれたまま家を飛び出してそのまま亡くなったそうです。

その話を聞いてから改めて写真を見返すと、タイルの鋭さから絵仏師良秀のような死の匂いを感じなくもありません。

 

その後、シャルトル市が家屋を買い上げて、現在ではフランスの建造物に登録されています。

 

シャルトル大聖堂はこちら。

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世界遺産シャルトル大聖堂を見学

ジヴェルニーからナントに帰る方向に少し移動して、シャルトルにやってきました。

 

ジヴェルニー旅行はこちら。

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有名なシャルトル大聖堂を見学することが目的です。

シャルトルのあるボース地方は、フランスの穀倉地帯と呼ばれ、広大な平野を活かした農業が盛んな地域です。その分人口密度の低さから都市化が進まず、産業集積が弱い地方と言われています。

実際、シャルトルに向かう道中は麦畑やひまわり畑が続き、その中に遠くからでも目立つ巨大な大聖堂が突然見えてきました。

 

 

私たちは旧市街の手前の宿に一泊しました。

旧市街まで歩いていくと、城壁(市壁?)跡があります。城があったわけではなく、司教都市の壁です。日本でいう門前町でしょうか。

 

大聖堂までの道はちょっとした上り坂。鮭の家と呼ばれる模様の家々が散見されます。

 

 

シャルトル大聖堂。

午前中に行くと、まだ混んではいませんでしたが、見学中徐々に人が増えてきました。

2つの尖塔は左側がロマネスク様式、右側がゴシック様式です。

 

1194年の大火事で建設中の大聖堂が焼失した時、シャルトルの人々はマリアがもっと荘厳な大聖堂を求めたと解釈し、現在のシャルトル大聖堂を30年も経たずに完成させたという口伝があります。

大聖堂は、建立に数百年かかることも珍しくないですが、シャルトル大聖堂は比較的短期間で完成したことから、統一的で調和的な建築として高い評価を得ており、又、その後世界中の多くの大聖堂のモデルとされてきました。

 

正面扉口

身廊一部工事中

 

シャルトル大聖堂はシャルトルブルーと呼ばれる12世紀のステンドグラスで有名です。

公式アプリには、すべてのステンドグラスの主題と解説があり、読み切れない情報量が詰め込まれています。

 

聖歌隊席

内側のレリーフも傑作。

 

半円形の聖歌隊席仕切りの外側にはマリアの生涯を題材とした彫刻群がずらっと並んでいます。

黄金の門の前で両親が出会う

目から鱗

腹に指入れ

16世紀の天文時計

 

 

南口。複雑で深みのあるヴッシュール。

 

東側の飛迫控も、とんでもなく入り組んだ構造で大迫力でしたが、フィルムカメラで撮っていて、スマホには写真がない。。。